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カウンタック ストーリー 1

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カウンタックのプロトタイプです。

フェルチオランボルギーニは彼自身のスポーツカー工場を設立することを決定しました、彼の心の唯一の考えは以下の通りでした。

フェラーリをやっつけろ!

3年以内に、彼はミウラ(美しく並ぶもののないスピードをもったミドエンジンV12スーパーカー)とそうしました。

最初のゴールにかなって、彼の次の夢は、これまでで最も速いスーパーカーを作製することになっていました。その車はどんな既存のルールに縛られないものでなければなりません。

したがって、彼はこの車を「カウンタック」と呼びました。この言葉はちゃんとした意味を持たなかったけれども、それは「感嘆」のローカル方言でした。それの意味するところはこうです。

「おや!!わあ、しかも見てください!」。

ミウラ、世界最速の車は、172mphを狙うことができました。カウンタックは、200mphを狙いました。そのスタイリングには誰でも気絶させることができるような演出をしなければなりません。これらの2つの基本的なゴールをするつもりで、フェルッチョ・ランボルギーニは、彼のエンジニアリングチームにプロジェクトを始めるよう命令しました。

カウンタックはチーフエンジニア パオロ・スタンツァーニの指揮下で開発されました。そして、若干の技術的な背景はミウラからひきつぎました。

設計図は、ジャンパオロ・ダラーラ(Formula 3のための有名なシャシーの専門家)によって書かれました。最初から、スタンツァーニは躊躇なく(最も高価でもある)多くの先進技術を選びました。そして、以下が含まれました:4本のカムシャフト、スペースフレームシャシー、アルミニウムによるV12ミドエンジン。

ほとんど同じ時期に、ベルトーネスタジオが、スタイリング担当に選ばれました。非常に幸運なことに、ヌッチオ・ベルトーネは若くて巧みなデザイナー(マルチェロ・ガンディーニ)をすでに手に入れていました。この男は、カウンタックのための本当に衝撃的なプランをつくりました。

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エンジンを搭載していない、いわゆる「カウンタックLP500」プロトタイプはジュネーブモーターショー1971で公開されて、すぐにショーのスターになりました。

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